ミナミチタのイチオシ!

ウミひとココロ物語 第5話

投稿日:2018.12.05 つぶやき

揺れる水面

夕方とは言え、まだまだその日差しは力強く、駅の建物で出来た日陰より、駅の中でバスを待つことにした七海。
外の日陰から引き返そうとした七海の背後で、バス特有のエンジン音を聞き取り振り返ると、そこには「料理旅館 三浦屋」と書かれたマイクロバスが止まっていた。
バス中央の自動ドアが開き、小柄な藍色の法被をきた男性がバスの後部から小走りで表れ
「ご予約の赤木様ですか?」
「あッ、はい」
「お待たせしました。三浦屋でございます。どうぞ、お乗りください」
七海は「私ひとりなのに、こんなマイクロバスなの?」と、恐縮する気持ちと気恥ずかしさで、なかなか一歩が踏み出せずにいた。
「さぁ、どうぞ」
そう言うと、その男性はドアの右側に立ち、七海をバスの中へ促した。どこか諦めに似た気持ちを込めて歩み出した七海は、バスに乗り込むと真ん中から少し後ろの座席を選び、2つ並んだ席のうち窓側に座った。乗り物の先頭に立ちたがる無邪気な子供達とは違い、運転手の男性との距離が近づくのが気恥ずかしく、前の方に座る事ができなかった。運転手の男性は、七海が座席についたのを確認すると、バスの反対側に回り込み、運転席側のドアを開け、座席に座った。
「それでは、出発します」
自動ドアが「バタン」と音を立てて勢いよく閉まった。
この男性にとっては、何十回、何百回と言い慣れた言葉であり、条件反射的に発せられた言葉であったが、その言葉を聞いた七海は大きく息を吐いた。それはさっきまでいた外の空気とは違い、冷房が効いたバスの車内で、一人でゆったりと座り、やっとここまで来れたと言う精神的な安堵感がそうさせいた。

内海駅のロータリーを出て、バスは内海の街中を走り出した。少し細い道から一般道へ。バスの窓は閉め切られていて外の空気を感じる事はなかったが、道沿いに立ち並ぶ家の庭先で植木に水をやる人。玄関先で立ち話をするおばあさん達。海水浴の帰りだろうか、内海駅の方に向かって歩く若い数人のグループ。その誰もが異口同音に「今日も暑かったねェ」と会話をしているように七海には見て取れた。

車窓から、まだ海は見えない。
バスは左に大きくカーブをまがり、程なくしてスピードを落とすと、細い道へと入っていった。
その瞬間だった。
それまでは自分の横の窓から外を眺めていた七海が、前方が急に明るくなったのを感じ、前を向いた。フロントガラスの向こうには、夏の夕日をいっぱいに浴びキラキラと揺れる内海の海。夕日が当たり、波の動きの度に表情を変える水面。その水面に反射した光が、バスの中に差し込んできた。七海は、前の座席の背もたれを掴み中腰で立ち上がると、フロントガラスの方を見て言った。
「きれェ~ぃ」
独り言では済まされない程の声の大きさだった。
「綺麗でしょ。内海はね、夕日が特に綺麗なんですよォ~」バス特有の大きなハンドルを握る小柄な男性が嬉しそうにそう話し出した。ルームミラー越しに見えた顔の一部から、嬉しそうに話し出した顔が容易に想像できた。

バスはその揺れる光に向かって走っている。バスの揺れ具合と揺れながら差し込んでくる光のリズムが七海には心地よく感じられ、しばらくはその光から目が離せられなかった。しかしその時間は長くはなく、気付けば、前には防波堤が近づき、これ以上は海に近づけなかった。

バスは防波堤に沿うように右に曲がると、程なくしてゆっくりと停車した。名残惜しそうに海を眺めていた七海に
「どうもお疲れ様でした。玄関入って右手にフロントがございますので、チェックインをお願い致します。」とハンドルを握ったまま男性はルームミラー越しに七海に話かけてきた。
荷物の入ったバックを持ち、バスの外に出た七海は、空に向かって両手を広げ、大きく伸びをした。同時に大きく息を吸い、夏の夕方の太陽と内海の潮の香りを、可能な限り全身に取り入れようとしているようだった。
七海は両手を下ろすと、心の中で小さく「よしッ」と声を掛け、「料理旅館 三浦屋」と書かれた、玄関の方へ歩いていった。

つづく
投稿ライター: 
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