ミナミチタのイチオシ!

ウミひとココロ物語 第4話

投稿日:2018.08.28 つぶやき

電話の声

どこかふわふわとした足取りで一段ずつ慎重に階段を降りた七海は、
バックからいつも使っているマナカを取り出し改札機にかざした。
「ピッ」
いつもと同じ聞き慣れた音だったが、内海の地で聞いたこの音は
「前、来た時は切符だったよなぁ」と不意に昔を思い出させてくれた。
マナカをバックに戻し、顔を上げると、
目に入ってきた光景は昔と然程変わってないように思えた。
記憶の中の景色と、いま目の前にある景色。
2つの景色にあまりギャップはなかった。
この差異のない2つの景色は、「ここに戻って来たと言う懐かしさ」と
「名古屋とは違う時間の流れがある事への安堵感」を生み
どこかふわふわとした七海をいつもの感覚へと戻すような役割を果たしていた。

「改札を出て、右側のロータリー側でお待ちください」
七海は、内海駅からの送迎をお願いした時、電話でそう言われた事を思い出した。

インターネットで内海の旅館やホテルを物色していた中で、ある旅館のホームページにたどり着いた。
ホームページを開くと、綺麗な海の写真がスライドショーになって目に飛び込んできた。
夕日を浴びて光る海面や、波打ち際で遊ぶ子供達。
はるか水平線のあたりを航行するタンカーのような大きな船。
これらの写真を見れば、この旅館はホントに海が大好きで、海を大切にしている、と言うメッセージがとてもわかり易く伝わってきた。

そんな中でも七海が目を引いたのは、いかにも人の良さそうな、女将さんであろう女性の笑顔だった。キュートで自然な笑顔が妙に七海に安心感を与えた。普段ならレビューなどをチェックしてから、慎重に予約ボタンをクリックする七海が、この旅館に対しては、迷いもなく、即決だった。それだけ、この女将さんであろう女性の笑顔から、母親のような安心感と晴子のようなおおらかさを感じ取り、七海にとって今一番必要かもしれないモノがその笑顔から滲み出ているようだった。

”予約する”をクリックした翌日、七海のスマホに「0569-62-XXXX」と表示され、電話が鳴った。
応答をタップすると、
「料理旅館 三浦屋の女将をしております、三浦はなえと申します。ご予約頂いた赤木様でよろしかったでしょうか?」
ホームページで見た、あの笑顔のキュートな女性だろうか?
確証はなかったが、七海の中ではこの声とあの笑顔が、ピッタリとハマっていた。
そして第一声を聞いた七海は、ドキドキのような、ワクワクのような、胸が熱くなるのを感じた。
「あッ、は、はい、そうです」
当然と言えば当然だが、予約に対する確認の電話だった。にも関わらず、七海は仕事における取引先からの電話のように終始、背筋を伸ばし、1つ1つ丁寧に返事をしていた。電話の向こうから親しげに優しく話をしてくれる女性とは対照的な返答だった。そんな少しチグハグとした電話でのやり取りの中、七海は断られるかもしれないと思いつつ聞いてみた。
「私一人なんですが、内海駅まで迎えにきて頂くことはできますか?」
「もちろん、大丈夫ですよ。改札を出て、右手のロータリー側でお待ちください」と快く受け入れてくれた。
そして内海駅への到着時間などの会話を交わして、電話を切った。

「ホントに一人旅に行くんだぁ」と
昨夜、勢いと直感のまま予約ボタンをクリックした自分を、どこか別人のような感覚で捉えていたようなところもあったが、こうして直接電話で話をすると、ネットの世界と現実が繋がり、空想であった未来が必ず来る未来へとなった事で奇妙なワクワク感を感じていた。

送迎場所に指定されたロータリーの方へ歩き出した七海。
すると、後ろの方から部活動の帰りだろうか、夏服を着た2人の女子高生が何かを話しながら、七海の横を通り過ぎていった。何気に2人の方に視線を向けると、7月の暑さはこの2人には関係ないのかと思える程、足取りは軽く、どこかいい香りもしていた。歩きながらだったが、七海の視線は2人の背中を追い続けた。私と晴子もあんふうに歩いていたのかなぁ?懐かしさと寂しさが入り混じった、複雑な思いを抱きながら歩くと、数歩でロータリーのところへたどり着いてしまった。
七海が立ち止まったところに屋根はなく、7月の夕方の日差しは今日1日の暑さの最後を締めくくろうと、まだその力強さを保ったままだったが、駅の建物が日除けになり、大きな影が出来ていた。建物の外の日陰にいるより、中の方が若干、涼しように感じた七海は、もう一度駅の中に引きかそうと振り返り、1,2歩踏み出した時、背後でエンジン音とブレーキ音が入り混じったバス特有の停車音が聞こえた。

つづく
投稿ライター: 
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