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ウミひとココロ物語 第3話

投稿日:2018.08.01 つぶやき

七海、内海駅へ

七海は内海駅のホームへ降り立った。
当然と言えば当然だが、いつも過ごしている名古屋の空気とはまったく違っていた。真夏の太陽にさらされていたホームの熱気は、海の街独特の潮風と混ざり合わされ、七海を荒々しく出迎えた。ここに立つまで電車の中では、失敗を繰り返してしまった仕事の事、それをねぎらうために上司なりに精一杯考えたであろう言葉の数々、心配をしてくれた同期や後輩達。考えたくはなかったが、どうしても頭に浮かんできてしまっていた。考えるのは止めようと思う自分とどうしても考えてしまう自分。そんな葛藤が、終わり方の分からないまま続き、モヤモヤとした気持ちの中、七海の乗った電車は内海駅にゆっくりと停車した。
電車が止まったことに気づいた時、七海は少しホッとした。答えの出ない押し問答を繰り返していた七海にとって、電車の停止した振動が、そっと一条の光をさし与えてくれたように感じられたからだ。

内海駅は高架駅になっていて、そこからは内海の町並みを見渡すことができた。
「懐かしいなぁ~、この景色。大学の時にサークル仲間でよく内海の海まで遊びに来てたなぁ~。誰も車を持ってなくて、こうやって電車で来てたんだよなぁ~」

晴子のフェイスブックやテレビに映った景色を見た事がきっかけとなり、内海に思いを巡らせている最中、大学時代の事を思い出した。どこか知らない土地に行くのも悪くない。でも大学生のあの頃の自分に戻ってみたい。あの頃の感覚、感性。ここに来れば何かが取り戻せるかもしれない。怖いもの知らずで、根拠のない自信に満ちあふれていたあの頃。少しは大人になって、根拠のない自信は持てなくなったが、あの前向きな自分を少しでも取り戻せるかもしれない。たとえ取り戻せなくても、そんな自分もあったんだと、もう一度、自分自身を再確認したかった。
「失敗ばかり続いたけど、大丈夫。まずは自分で自分を認めなきゃ!」
そうすればきっとこの現状から抜け出せるかもしれない。傷を癒やすのではなく、自分自身をリセットしよう。そう思えたことに気付いたら、迷いはなかった。

「行こう!」

こうすると決めてからの行動の速さは、自分でも驚くものがあった。これまで生きてきた人生の中で、このような行動の速さで後悔をする事もあったが、上手くいく事だってあった。

七海は、内海駅のホームを出口の方へ歩き出した。
「こんな時間じゃ、あまり人もいないよなぁ~」
夏の夕方。終着駅下り線ホーム。こちら側のホームを利用する人はまばらで、部活帰りと思われる真っ黒に日焼けした男子高校生や、どこかにお出かけだったであろう年配の女性など、数人が暑さを避けるように足早に出口の方に歩いていた。
仲間達で遊びに来ていた頃は、これから始まる楽しさへの高揚で駅のホームや改札へ続く階段も、その長さなどまったく気にもならなかった。ましてや周りの人の数など意識したことなどなかった。しかし、今こうして歩いてみると、駅に着いたと言う安堵感と自分自身をリセット出来るかもしれないと言う少しばかりの期待感。そしてひとり旅という一抹の不安が、今まであまり経験した事のないふわふわとした感覚となって七海を包み込んでいた。その感覚が改札へと下るアスファルトの階段を、一段ずつ丁寧に足を運ばせている事に、七海もどこか気付いているようだった。

つづく
投稿ライター: 
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